STRANGER

関西在住のカメラ好きです。日々、好きなもの、気になるもの等を色々と書き綴っております。

立ち回りとアプローチ

どうも、Taka.Mです。

先日も、このブログでは軽くお話しさせて頂きましたが、写真を公開するに当たって、成立する写真と、そうではない(そこに至らない)写真があると言うお話し。

先日の記事では、私が某SNSに投稿した写真が海外の方から指摘された事に関して、ウダウダと私がボヤいているだけ(でも無いですけど)の様な内容でしたが...(笑)

まぁ、その記事内でも書いていますが、それはそれとして、自分の未熟な部分として、受け止めて、分析して、自分なりの形に落とし込んで、次への糧にしていくべき案件な訳です。
こうして言葉にして書き出すと、偉く堅苦しい様な事を言っているかの様ですが、大した事は言ってませんし、至極当然の事を言ってるだけです。

ただ、それを...例えば、非の打ち所もない程に確実に実践してみせたところで、自分が思い描いた様な結果に繋がるのか?と言えば、そんなにストレートな話しではないので、そこで、また別の壁にぶち当たる訳ですよ。

写真を撮る

写真を撮っている側の一人(かなり小さな存在ではありますが)として、撮った写真を然るべき媒体、或いは、支持されるべき対象に対して如何にしてアプローチするには?と言うのが、課題な訳です。

別に、好きな写真を好きな様に撮って、「写真撮るの楽しいな〜♪」でも良いと思います、それが、一番大切な気持ちと言うか、根本にあるべき心情だとは思うので。
アレコレと考えてしまうのは、そこから踏み込んで何かしらの自己表現として、アプローチする事を迫られる人です。
本来はそうではないけれど、簡潔な言葉で述べれば、写真で勝ち負けや優劣、評価をされるべき対象となった時に、自分がそこに対して、どう立っているべきなのか...と、言う お話し。

"自分の表現としての写真"を成立させる事自体、かなり難しい課題・要素であると思います。
どの世界でも、大なり小なりはあるにせよ、結局は同じだと思いますが、数多ある中から選ばれる為には...を造り出していかないといけない訳です。

闘い方

少し状況は違うと思いますし、既に私は半分挫折しておりますが、サラリーマンだって同じだと思うんですよね。
評価される様に...要は"勝ち組"を狙って、少し誇張気味に言うと、どんなにエグい事でもやって、卑劣と言われようが勝つ為の手段を行使して生き残っていく事も必要な事です。
当然、その為のコネ作りや根回しだって必要となる能力の一つな訳です。
私は、その"勝つ為の手段"と言うのが分かっていても、それを選べなかった人間なので、サラリーマンの世界で"落ちこぼれた存在"と言う事になります。

実際に歯車として動いている人間には、共感してくれたり、支持してくれる人は数多く居ても、決定権を持った存在等には評価されない存在に留まってしまった訳です。
そんな風に言えば、ある種、聞こえは良いかも知れませんが、言葉を変えると、八方美人とか、誰に対しても愛想を振りまく...と言う、少し嫌らしくも聞こえ、自己の意思が薄い存在とも取れる訳ですよね...。
そして、気付けば独り取り残されている存在。
それが、私と言う人間なのでしょう。

まとめ

結局、何が言いたいのかと言うと、何かを評価されるには、評価される為の分析をして、確実にアプローチ出来る能力が必要になるって言う事です。

"言うは易く行うは難し"と言いますが、常にクリエイティブな事を強いられる様な中で、生き続けるのは当然ながら難しい訳です。
そして(特に日本に置いては)、個々のスキルが高いレベルにあれば良いという、それだけでは残念ながら成立しない事が殆どだと言うことです。
極端な事を言えば、個々のレベル云々よりも、周りに大きな力を持つ者が のし上がる事を許され易い環境な訳です。

どうやって、そこへのパイプを繋げていくか?と言う事が主な課題として、すり替わってしまう事に違和感を覚えながらも、やはり、それは必要なんですよね。
"運も実力の内"と言いますが、その大半は、そうなり得る様に努力をしている結果でしょう。
幾ら努力をしていても報われない方も、世間には、たくさん居るとは思いますけどね。

今正に自分が、その渦中に居て"どの世界でも同じなんだ"と感じながら、気持ちを切り替えて、どう取り組んでいくべきかを模索しながら、日々、自己のスキルアップに取り組んでいる訳です。
縦も大切ですが、横の繋がりを太く出来る様に頑張りたいと思いますけどね。

取り留めない話しになってしまいましたが、孔子の言葉の様にはなれず、こうやって無様に足搔いている自分が次にどうなっているのか?を後々見返せる様に書きなぐってみました。

ではでは...。

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